所長のひとりごと

「教わる側の気持ち」

2014.09.12
所長のひとりごと

最近、ほとんど30年振りに教習所に通うように(けっして免許が取り消されるようなことがあった訳ではありません。)なりまして、中型の車の免許を取りに行っているんです。

理由は何かと言うとわけあってバスの運転が出来るようにならなきゃと思ったからです。

私は車の運転に関しては、自分で言うのもなんですが、結構自信があって、そこそこのテクニシャンと思っていたのですが、マニュアル車の変速切り替えの感覚も、エアーブレーキの感覚も、タイヤの位置がほぼ自分の座席の下にあることでの車の動きも、カーブの時の後輪の軌道も、中々感覚を掴むのが出来なくて苦戦しています。

教習所の教官も、そんなどんくさい私に付き合うのも大変でしょうが、教えるなんてことしないでただ指摘するだけ(しかもちょっと呆れ顔であからさまに小馬鹿にしたような感じで話す)。聞いても「それは慣れて感覚を覚えるしかありません。」とだけ言って具体的なことは何一つ教えてくれない。

そんな人も居れば、もちろん事前に注意点を教えてくれて、課題を練習させてくれる教官もいます。

繰り返すようですが、私自身は、そんなに運転がどんくさい方ではないんです。くどいようですが車庫入れ、縦列駐車をしようものなら、なかなかのテクニシャンなんです。

そんな中で、ふと感じたことがありまして、確かに慣れないのもあって、どんくさい所があるのは認めますが、特に車内の狭い空間で、教官の雰囲気一つで随分 “ 教わる側の気持ち ” は焦ったり、落ち込んだりするもんだと痛感しました。

出来なかったことをイライラした表情で注意する。あからさまに面倒くさそうに対応する。

そんな対応が何の意味もないとは判っているつもりでしたが、今回の教習所での体験が “ 教わる側の気持ち ” を改めてリアルに感じさせてくれました。

頭で判っていても、余裕が無かったり、思ったとおりにならないと、ついついどうしても感情的になってしまうことがあります。

教える側が具体的にどうすれば良いのか、教える側にも当然トレーニングが必要です。

話は全然変わりますが、チョーク工場で障害者を多数雇用されている日本理化学工業の大山康弘さんも京セラやKDDIの会長もされていて、あのJALを再生させたと言われている稲森和夫さんや数多くの方がおっしゃっている『利他の心』。

欲深い私はまだまだ自分の利益を優先してしまうことがありますが、ネット上でこんなのを見つけました。

ピン芸人の狩野英孝さんのツイッターでアップされていましたサンドウィッチマン・富澤たけしさんの絵馬です。

左上に写っている絵馬です。「俺のことはいい。みんなの願いをかなえてくれ!」

自分にとって身近な人であったり、大切な人に対してそう思える人はいるかもしれない。

でも、「みんな」に対して心からそう思える人は素晴らしいと思う。

ちょっと綺麗事過ぎますでしょうか?でも私はちょっとカッコイイなと思っちゃいました。

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